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エネコ島を去る、マーシャル諸島Tシャツを買う

エネコ島 マーシャル諸島
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エネコ島を去る日

帰りのフェリーは何時に来るのか管理人氏に聞くと、自分の都合のよい時間を指定できるということだった。

午前中、日帰りピクニックの家族が到着した。

フェリーのキャプテンは、何時でも迎えに来ますよ、と言う。

マジュロと近いとはいえ、何度も来てもらうのは悪いので、ピクニックの人たちと一緒に14:00に帰ることにした。

エネコ島での時間

今日も朝から島の人たちは掃除や焚火をしていた。

リュックのポケットに未開封のチーズクラッカーとラウンジの菓子があったので、子供たちに渡しに管理人家に行った。

 

エネコ島には、管理人一家(婆ちゃん、管理人主人、奥さん、子供3人)と豚を飼っている男性が住んで島の手入れをしていた。

奥さんはまた、きれいに磨かれた貝殻をくれた。

 

静かで美しい、小さい島で暮らしている彼らを羨ましく思った。

実際暮らせるか?となれば別の話やが。

それだけ、ここに来てよかったということである。

最後にシュノーケリングを楽しんだ。

ハンモックに揺られていると、フェリーが来た。

管理人氏が荷物を運ぶのを手伝ってくれた。

浜辺で子供と奥さんにも挨拶した。

エネコ島は、ここ数年間で訪れた中で最高の場所だった。

一回来ればいいかではなく、本当に来てよかったなあ、という。

もしバンガローが20USDやったら、1週間は滞在したかったところである。

短い滞在であったが、この2泊3日は非常に価値ある時間であった。

 

マーシャル諸島到着からネットを断ったというのが、かなりでかい理由。

他に客がおらんかった、店が無い、というのもある。

 

あのころに、一瞬でも戻れるとは。

今でも引きずっている、バックパッカー生活。

自分は20代最後、30代の時に仕事を辞めて、アパートを引き払って旅に出た。

金が貯められず、たいして長くはなかったが。

 

歳をとって、そのころを懐かしく思うことが増えた。

全てクリアにして、旅に出るのが人生最後の目標やなあー

マジュロに戻る

内海には大型船舶やタンカーがたくさん停泊していた。

日本の船もある、台湾からの船が多い。

フォルモサスーパーでビールを買い、広場で弁当を買って食った。

おばちゃんは「チャチミあるよ」と指さす。

刺身はマーシャル語でチャチミ(サシミ)。

漬物は日本と同じやった。

K&Kスーパーマーケット

広場の向かいにある、グアム銀行も入っているK&Kに行った。

食料品から衣類、日用品などホームセンター的な物もある大型スーパーである。

マーシャル諸島ロゴの入ったTシャツを購入。

船員の老人が来ていた「BIKINI CREW」ロゴのようなマニアックなTシャツが欲しかったが無かった。

BIKINIは非売品やろなー

魚は意外に安くはなかった。

アメダマ(ココナッツの飴)を試したかったが、個別ではなく大量につながっていたので諦めた。

マーシャルロゴのTシャツ。

夕食

宿のレストランで刺身定食、キャベツの副菜は貴重ですな。

レモンをかける。

チリソースをかけるとビールには合うが、米と食うのは少しキツイかな。

 

夜、宿のバーで飲んでいるとミクロネシアのポナペから働きにきている人に会った。

彼はガードマンの仕事をしているという。

酔っぱらっているのか、何度も「日本人はいい人や」と繰り返した。嬉しいけどな。

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